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牧之原 送迎バス置き去り女児死亡 事件発生から1カ月

 牧之原市で幼稚園の送迎バスに約5時間にわたり置き去りにされた3歳女児が死亡した事件はきょう10月5日、発生から1カ月が過ぎました。園は3日に再開されています。静岡新聞社はこの間、取材チームを組み現地の取材を丹念に重ねてきました。1カ月の節目の検証記事を中心に、現状と課題を1ページにまとめました。

川崎幼稚園が再開 1カ月ぶり園児60人登園

 牧之原市で送迎バスに女児が置き去りになり死亡した事件で、約1カ月間休園していた同市静波の認定こども園「川崎幼稚園」が10月3日、運営を再開した。バスは当面運休としていて、登園時間の午前8時ごろには、保護者と手をつなぎながら登園する園児の姿が見られた。

認定こども園「川崎幼稚園」
認定こども園「川崎幼稚園」
 運営する学校法人「榛原学園」の理事長(42)によると、保育部の約60人が登園。幼稚部は木曜の再開を予定している。同園は事件を受け、新たな安全管理マニュアルを作成。事件原因となったチェック体制を改定し、登園時は担任だけではなく、園長、副園長といった複数の目で園児の出欠状況を確認するという。
 理事長は「保護者からの再開を望む声を受け、安全対策を徹底したと判断した上で再開に至った」とした上で、「二度と事件を起こさぬよう定期的にマニュアルを見直し、職員への周知を徹底して安全で安心な園としていきたい」と話した。(榛原支局・足立健太郎)
 〈2022.10.5 あなたの静岡新聞〉

問われる「保育の基本」 臨時業務のリスク【検証連載㊤】

 牧之原市静波の認定こども園「川崎幼稚園」で、園児=当時(3)=が送迎バスに約5時間にわたり置き去りにされ死亡した事件は、5日で1カ月を迎える。園児がバスに置き去りにされて死亡する事件は昨年7月に福岡県で起きたばかりだが、教訓は生かされなかった。幼い命をなぜ守ることができなかったのか-。保育現場の現状を踏まえて事件を検証すると、問題点が浮かび上がる。川崎幼稚園は安全管理を見直し、3日再開する。

バスが駐車されていた場所には事件後献花台が設けられ、多くの供え物が手向けられた=9月12日、牧之原市静波
バスが駐車されていた場所には事件後献花台が設けられ、多くの供え物が手向けられた=9月12日、牧之原市静波
 「不慣れだった」。事件を受けて同園が9月7日に開いた記者会見。登園した園児をバスから降ろした後、車内に園児が残っていないかの確認を怠った原因について、事件当日、臨時でバスを運転した理事長兼園長(73)=8日付で辞任=は力のない声でこう釈明した。
 正規、臨時のバスの運転手が休みで、理事長が運転を代行した。普段は補助員が園児をバスから降ろした後に運転手が声掛けや確認をしていたが、誰の確認もなく、女児を乗せたままのバスは施錠された。
 長時間労働や処遇の問題で慢性的な人手不足が指摘される保育現場。県西部の保育関係者は「若い職員を中心に、入れ替わりが以前に比べ激しい」と明かす。加えて新型コロナウイルス禍で、職員や園児の感染による自宅待機など突発的な事案の対応に追われるケースも増えている。
 厚生労働省が全国の自治体に出した保育施設の安全管理徹底を求める通知には、急きょ業務を代行する場合の対応に関する明確な記載はない。場当たり的な対応を防ぐため業務内容や職員体制、規模などにより、個々の施設があらゆる事態を想定した対応策を考える必要に迫られている。
 こうした人手不足の実情から、近年では地域住民や研修を受けた子育て支援員らの力を借りながら、地域で支え合う運営スタイルも浸透してきた。
 保育学、児童学が専門の県立大短期大学部の永倉みゆき教授は、外部人材の活用について「職員のワークライフバランスを担保する上では支えになる」と利点を挙げる。一方で「子どもを預かるだけではなく、命を守り育てるという保育の基本や専門性が損なわれないような対策を考えなければ」と指摘する。
 特に長時間保育の園では、業務の多さから保育環境を職員で振り返る時間が設けにくいケースもあるという。永倉教授は「安全対策に加え、職員の配置基準など施設における制度設計を見直す必要がある」と強調する。(榛原支局・足立健太郎)
 〈2022.10.3 あなたの静岡新聞〉

外部の目に限界 「監査の穴」どう埋める【検証連載㊥】

 「昨年の監査はバス運行の安全管理を確認する方針だった。しかし、当該園から聞き取りを行った記録はない」。園児=当時(3)=が送迎バスに置き去りにされて死亡した牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」の監査を担う静岡県の関係者は、そう明かす。園の運営や安全管理を監督する“外部の目”は効果的に機能しているのか。

事件後、川崎幼稚園の特別監査に入る県や牧之原市の職員=9月9日、同市静波
事件後、川崎幼稚園の特別監査に入る県や牧之原市の職員=9月9日、同市静波
 2021年8月、国は福岡県中間市の保育園で発生した同様の死亡事故を受け、バス運行の安全管理徹底などを通知した。静岡県も監査に反映したが、21年度のチェック用シートにバスの項目を追加しておらず、11月の同園の監査では口頭の注意喚起にとどまった。
 事件は送迎バスだけでなく、教室や職員室でも基本中の基本の出欠確認や情報共有のミスが重なった。監査が厳しく行われていれば事件が防げた可能性がある一方で、職員数や時間に制限がある中で「当たり前の作業」まで詳細に調査することの難しさも露呈した。
 「標準監査の限界の穴を埋める」。昨年に事件が発生した福岡県では本年度、再発防止に向けて県独自の監査の仕組みを導入した。
 標準の監査(A型)に加え、子どもの安全管理や車両送迎、登園管理などに特化したB型監査と、職員が訪問する日時を伝えないC型監査を用意。県が施設ごとに、その年に行う監査の種類を指定する。福岡県子育て支援課保育施設係の宗健一郎係長(46)は「安全管理体制や日常の対応を重点的に調べられる機会を設けた。施設に緊張感も持ってもらえる」と狙いを語る。
 安全教育学を専門とする常葉大の木宮敬信教授(53)は、行政による監督だけでなく、保育施設が安全対策を共有し合う大切さを訴える。現在は施設同士が学校安全計画や危機管理マニュアルを共有する場が少なく、「各施設が安全に不安を抱えている」と指摘。「監査を厳しくする一辺倒ではなく、施設同士が互いに効果的な対策を取り入れ合えるような横のつながりの構築も重要だ」と話す。(社会部・塩谷将広)
 〈2022.10.4 あなたの静岡新聞〉

潜む慢心と慣れ 危機意識の維持不可欠【検証連載㊦】

 事件から約1カ月後の3日午前。登園が再開された牧之原市静波の認定こども園「川崎幼稚園」の園舎を背に、運営法人の理事長(42)は改めて謝罪の言葉を口にした。「日々の慢心や慣れが今回の事件の原因と考えている」

園舎を背に報道陣の取材に応じる理事長。再開後の安全管理に厳しい視線が向けられている=10月3日、牧之原市静波
園舎を背に報道陣の取材に応じる理事長。再開後の安全管理に厳しい視線が向けられている=10月3日、牧之原市静波
 園児=当時(3)=がバスに取り残された事件当日、クラス担任ら職員は登園予定だった園児の姿が見えないにもかかわらず、保護者に確認の連絡をしなかった。園側は記者会見で、昨年7月に福岡県で起きた同様の置き去り事件以降、事前の連絡がなく出席していない園児の家庭には「必ず電話していた」と釈明した。ただ、その後も連絡なく欠席する園児がいたことから「確認がおろそかになった」という。園は再開に当たって安全管理マニュアルを改定し、クラス担任や園長らが計4回出欠席を確認する態勢を定めた。
 ひとたび事件や事故、その一歩手前の事象「ヒヤリ・ハット」が起きれば関係者の危機意識は高まる。その意識を多忙な保育の日常でどう維持し、“慣れ”にあらがうかは現場に委ねられる。
 県西部の保育園の園長は「人の意識は風化してしまうもの。でも私たちは風化させてはいけない」と気を引き締める。園内で毎日行うミーティングを危機管理の「風土」づくりに位置付け、自身の考えを常に職員に伝えている。「絶対にヒューマンエラーはある。防ぐために何回も意識していくことが大事」と語る。
 東日本大震災で保護者に引き渡した園児9人が津波で亡くなったおおつちこども園(岩手県)の八木沢弓美子園長(56)は、震災から11年たった今も「避難訓練は緊張の連続」と話す。園児を助けられなかったという自責の念を胸に、「子どもの命と向き合うことは重大な責任であり、大人に求められる最大の役割」と強調する。
 理事長は園の再開について「(亡くなった園児の)遺族の理解は得られないと思う」とした一方、「安全、安心面で保護者の皆さんに納得していただける幼稚園を目指したい」と語った。取り組みに厳しい視線が向けられている。(御前崎支局・木村祐太)
地域再生大賞