京都・亀岡暴走事故から10年 遺族が差し伸べた手

現場近くの慰霊碑前で、事故からの10年を振り返る中江美則さん=3月27日、京都府亀岡市(鈴木文也撮影)
現場近くの慰霊碑前で、事故からの10年を振り返る中江美則さん=3月27日、京都府亀岡市(鈴木文也撮影)

京都府亀岡市で平成24年、集団登校中の児童らに無免許の元少年が居眠り運転で突っ込み10人が死傷した事故から23日で10年を迎える。妊娠中だった長女の松村幸姫(ゆきひ)さん=当時(26)=を失った同府南丹市の中江美則(よしのり)さん(58)は、癒えない悲しみの中で、4年前からは罪を犯した人の更生を支援する活動にも携わっている。「10年という節目はない」と最愛の娘を奪った理不尽な事故への怒りを抱きつつ、「更生できる人間もいる」と信じて手を差し伸べている。

「幸せな姫と書いて幸姫。幸せな人生を送れるはずだったのに無理やり命を奪われた」

愛娘(まなむすめ)への思いが募らない日はない。3人きょうだいの2番目として生まれ、「しっかり者で頼れる存在。一番僕に似ていた」と、今も面影を追う。事故直前には、妊娠7カ月で3人目となる赤ちゃんのエコー写真を見せながら「この子が一番元気におなかを蹴ってくれる」と笑顔で教えてくれたこともあった。

幸姫さんは、小学1年の長女の登校に付き添って事故に遭い、駆け付けた救急隊員に「先に子供たちを救急車に乗せて」と訴えたという。後に命を救われた児童の親から礼を伝えられ、「母として命を授かり、他の子供の命を救おうとした娘が誇らしかった」と振り返る。

元少年への判決をめぐっては、無免許運転を繰り返しながら危険運転致死傷罪に問えなかった司法に疑問を感じ、他の遺族と署名活動や講演を続けた。無免許運転の厳罰化などの法改正につなげたが、「報われたという思いは一切ない。娘たちの犠牲が世の中を少し動かしただけ」。悔しさや怒りは和らがなかった。

それでも、仕事先でのある男性との出会いが、中江さんを変えた。男性は傷害罪で服役経験があり、「犯罪者は全て悪で、更生できない」と、当初はいい印象は抱いていなかった。

ところが、中江さんが遺族としてテレビに出ていたことに気付いた男性が、涙ながらに中江さんへの思いを語る姿に触れ、わずかな光が見えた気がした。

平成30年には犯罪更生保護団体「ルミナ」を設立。ラテン語で光の意味で、「誰にでも輝く資格がある」との思いで名付けた。

活動を通じ、非行に走った少年らとも出会った。ふて腐れた態度で返事もなかったが、中江さんは体験を語った。少年らは別れ際には見送ってくれるようになり、現在では高校に通うまでになった。「何もかもが悪者ではなく更生する人間いる。こういう人のためにルミナは存在する」と断言する。

しかし、暴走事故を起こした元少年は昨年、出所したものの、いまだに中江さんの前には姿を見せず、一度も謝罪はない。

「だからこそ、更生する機会が必要だ」。愛する人の笑顔を失って10年。父の信念は揺るがない。(鈴木文也)

亀岡暴走事故 平成24年4月23日午前8時ごろ、京都府亀岡市の府道で、当時18歳の元少年が無免許で居眠り運転し、集団登校中の児童らの列に突っ込んだ。児童らに付き添っていた妊婦の松村幸姫さんと、小学2年の小谷真緒さん=当時(7)、3年の横山奈緒さん=同(8)=の3人が死亡、ほかに児童7人が重軽傷を負った。元少年は連日の夜遊びで寝不足だった。自動車運転過失致死傷罪などで起訴され、懲役5年以上9年以下の不定期刑が確定した。

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